健一へ(田中幸子)

あなたが11月16日にこの世からいなくなって4ヶ月が過ぎました。
金曜日にあのまヽ多賀城の官舎にいてやればよかったとこうかいしています。
Yにやさしい言葉をかけて甘やかしすぎてしまったように思います。
今だに現実でないような でも現実で・・・
あなたにとって私はいい母ではなかったと悔やんでいます。
でもいっぱいいっぱい愛しています。今までも今もこれからも・・・
何を思ってごはんも食べずに死んでいったのかせつなく苦しいです。
大事な大事なあなたを死なせてしまった母親として失格です。
ごめんなさい。
あなたが死ぬのではと頭がよぎったのに・・・後悔しています。
Yとの結婚も反対していればよかったと思っています。
お金がなくて暮らしたけど・・・
大学にいれてあげればよかったね。違う人生だったのにね。
本当にごめんね、お兄ちゃん。

もっともっと話を聞いてあげればよかったね。
死ぬ程悩んで苦しんでいたことをわかっていなかった私は
母親として失格です。自分なりにあなたにしてあげていたつもりでしたが、
何んにもしていなかったように思います。
でも私はくやしい・・・・・・
生きていてほしかった。どんな事をしても生きていてほしかった。
ただ生きていてくれるだけでよかったのに・・・
どうしてどうして・・・あなたの苦しみ死ぬ程の苦しみが私には
何が原因で何があって・・・何がそこまで・・・と・・・
わからない事ばかりです。
仕事は休んでいたし、やめたらやめてもよかったのに・・・
官舎ではなく住まいを移したらよかったとこれも後悔しています。
病院も大きな所にやればよかったね。
一人にしては絶対駄目と思っていたのにあなたは大丈夫
私の子供は死なないと軽く考えていた私は本当に駄目な母です。

こんなにつらく苦しいことがあるのだと・・・そして私のそんな苦しみよりも
あなたはもっともっと苦しかったのだと思うと
つらいよ、お兄ちゃん・・・
助けてあげられなくてごめんなさい本当にごめんなさい本当に・・・
冷たかった・・・・・・顔の色が変わっていくのを見ることができなかった・・・
あの世があるとしたらお兄ちゃんはおだやかにいつもおだやかに
暮らしているのでしょうか?
私が死ぬときは迎えにきてくれるのでしょうか?
おばあちゃんはいますか?
今はただ思い出しては泣いての日々です。小さい頃のこと・・・成人してからの事。
一緒にあそびに行ったこと、家に泊まったときのこと、あなたの家で
一緒に夕食を食べたこと・・・ゲームをしていたあなた・・・
病気が進んでいた事をわかっていたつもりでわかっていなかったこと・・・
悔やんでも悔やんでもあれもこれもあれもと今更思ってもしょうがないと
あなたに云われそうですが。

たまにお手紙しようかと思っています。
最初はくるっているようでしたが、今はなんとか頑張って生きています。
ボランティアをしようと考えたり
子供を亡くした親の会を仙台でも発足させるきっかけになるように
努力するつもりでいます。
そして、うつという病気をもっと真正面からとり組んでもらいたいことも
訴えながら、少しづつほんの少しづつだけど頑張って余生を送りたいと思っているよ。
少しは人のために役にたって年をとるようにするよ、お兄ちゃんのためにも・・・ね。
    大事なお兄ちゃんへ        母より

       又、ね。

 三月三十一日   ゆき
    夕方五時過ぎです。
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